【知らなきゃ損!】フィリピンとセブ島の歴史をまとめてみた

近年よく耳にする英語留学といえばフィリピン!
オンライン英会話のフィリピン人講師”など・・・フィリピンが注目を浴びてきていますが、フィリピンの歴史をみなさんご存知でしょうか。
フィリピンへ留学をするなら、知っておきたい歴史のポイントについて、簡単にまとめてみました。

フィリピンってどんな国?

フィリピンは島の数がすごい!

フィリピンは、大きさが異なる以上の島々からなる東南アジアの国です。
多くの島々からなることから、英語名の語尾にS(エス)という複数形がついており、“Republic of the Philippines”と呼ばれています。

季節は何種類あるの?

フィリピンは、熱帯性気候なので、年中暖かく、年間の平均気温は26~27℃です。
6~11月が雨期、12~5月が乾期となっています。
注意したいのは雨期のスコール!
午後や夕方に一時的に激しい雨が降り、天気が不安定になりがちなので気をつけてください。
乾季と比べて雨季は虫も増えるので注意が必要です。

フィリピンの言語は?

主要言語は、フィリピン語(タガログ語)と英語です。
英語は、昔アメリカの植民地だった頃にアメリカが英語教育に力をいれたのが始まりです。
ただ、フィリピンは大きさが異なる7000以上の島々で構成されているため、約170の言語が存在する多言語国家なのです。
今でも各地方で数多くの言語が利用され続けています。ちなみに一番の人気留学スポットセブはセブアノという言葉が使われています。

フィリピンのビーチ

フィリピンの歴史

フィリピン文化の始まり

フィリピンでの人類の歴史は、2~3万年前だと推定されており、 当時のフィリンピン諸島はアジア諸島と陸続きになっていました。
陸続きになっていたため、東南アジアなどから人が移り住み、その後、海面が上昇しフィリピン諸島が生まれました。
紀元前200~300年にマレー系の人たちが移り住むようになり、原住民たちとともに現在のフィリピン人の先祖となったと伝えられています。
東南アジアと東アジアの中間という地理的な条件から、スペイン人がやってくるまで双方を結ぶ拠点として、また農業や建築などが発達しフィリピン独自の文化が生まれました。
イスラム教が渡来し、マニラがイスラムの町として発展したのもこの時期です。

マゼラン来航とキリスト教

フィリピンでは14世紀頃にイスラム教が渡来し、ミンダナオ島では全島がイスラム教徒となり、仏教やヒンドゥー教の抵抗があった島を除き、イスラム教が浸透するようになりました。
しかし、1521年にポルトガルの航海士フェルディナンド・マゼランが、 セブ島に上陸すると大きく歴史が動いていきます。
元々有名人であったマゼランの上陸によって、セブ島は突如世界の歴史舞台に姿を現すこととなるのです。
マゼラン上陸後、マゼランの船に同行していた修道士により、キリスト教の布教が始まります。
当時のセブ島の王は、マゼランを快く受け入れ、セブ島滞在中には王宮にもたびたび招かれるなど、良い関係を築き、多くのセブ島民の改宗に成功します。
そしてマゼランは、隣のマクタン島に上陸した際、キリスト教への改宗とスペイン国王への服従を求めましたが、拒否されたため領主であるラプ・ラプと戦います。
ラプ・ラプは、多くの部族長がマゼランの要求に応じた状況の中で、マゼランの要求を始めて拒否した人物でした。

マゼランは、激怒し、兵を率いてマクタン島に攻め入ります。
しかし、島の地理を熟知しているラプ・ラプの綿密な情報と計画によって、敗退してしまい、落命することとなります。
ラプ・ラプは、ヨーロッパ人のアジア侵略に対して立ち上がった東南アジア人として、現在までフィリピンの英雄として称えられています。
しかしその後スペインは、軍隊を送りこむようになり、1571年にマニラが陥落、長いスペインの植民地時代が続くのです。

植民地支配から独立まで

スペインの植民地支配のもとにおかれていたフィリピンは、19世紀後半に植民地統治の革命を目指すプロパガンダ運動を展開し始め、それが急速化し、1896年の独立革命に発展します。
この第一の革命は敗北しますが、1898年米西戦争に乗じて、第二の革命が起こり、アギナルドが初代大統領となり、独立宣言を果たし、フィリピン第一共和国が誕生します。

しかし、米西戦争で勝利したアメリカは、スペインとの講和条約により、フィリピン領有権を獲得します。
フィリピンは独立を否定され、その反発により、米比戦争が開始されます。
フィリピンはゲリラ戦争で強く抵抗しましたが、最終的には、敗北しアメリカによる植民地支配が開始されました。
その後、第二次世界大戦中、日本軍がフィリピンを占領することになりましたが、以前よりアメリカがフィリピンとの独立を約束しており、それが認められ、フィリピンはラウレル大統領とするフィリピン第二共和国を設立しました。
ただ、軍の統帥権は日本軍が握っている形だったようです。

第二次世界大戦の日本敗北に伴い、フィリピンはまたしも独立を失いアメリカの植民地に戻ることを余儀なくされました。
しかし、1946年のマニラ条約にて戦前から独立を約束されていたため、フィリピン第三共和国として無事、再独立が始まったのです。

フィリピンの海

マルコス大統領登場!

1965年に大統領に就任したのがフィルディナンド・マルコス大統領。
高級ブランド靴やドレスで有名なイメルダ夫人が大統領夫人です。
マルコス大統領は、当初失業率の減少などに貢献したのですが、やがて独裁政権を打ちたて、国家資産の横領をしてしまいます。
1983年には、アメリカに亡命していたベニグノ・アキノ上院議員が民主化推進の為、帰国を決意します。
しかし、アキノ上院議員がフィリピンに到着して飛行機を降りた途端、射殺されてしまいます。
事件後、フィリピン政府は、「アキノ上院議員は、空港警備員に装った男によって射殺された。犯人はその場で射殺された」と発表しています。
しかし、同行取材をしていたジャーナリストは、「連行していた兵士が射撃するのを目撃した」と語っているのです。
この矛盾した様子は世界中に報道され、マルコス政権に大打撃を与えました。

その後、1986年の選挙では、暗殺されたアキノ上院議員の妻であったコラソン・アキノが出馬し、彼女が勝利したように思えたのですが、開票の発表では、マルコスの勝利が報道されます。
民衆は「明らかに何かおかしい!」と大反発がおき、やがてマルコスはハワイへ亡命することとなります。

その後、コラソン・アキノが大統領に就任!
フィリピンを民主化へと導いていくのでした。

現在のフィリピンの大統領は・・?

フィリピンの現在(2016年11月時点)の大統領は、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領です。
ダバオ市長を22年務め、スピード違反の取り締まり、夜間の酒販売の禁止、公共の場での禁煙、投資家を呼び込むための手続きの簡素化など様々な改革を実行!

そう!ドゥテルテ大統領は、フィリピンの腐敗した構造を破壊しようとしているのです。
規制の数だけ賄賂を求める役所の腐敗、故障ばかりの高架鉄道、警察と犯罪集団がグルになった麻薬ビジネスの蔓延などなど、腐敗したシステムに対する怒りと不満が人々にドゥテルテの鉄拳を渇望させ、2016年、39%の得票率を得て大統領にまで上り詰めたのでした。
超法規的な処刑もいとわぬ「麻薬撲滅戦争」を始めるなど、スキャンダラスな人物としてとらえられていますが、国内の支持率は8割超と圧倒的なのが特徴です。

また、日本については、フィリピンの空港や道路建設に関する援助を例に挙げながら「わが国にとって最大の支援者だ」と謝意を表明。「日本人は非常に親切だ」とも述べています。

日本でも有名!リゾート地セブ

セブといえば、マリンスポーツやダイビングなどアクティビティに優れたレジャーが数多く存在しています。
市内には、大型ショッピングモールが数多く存在し、モール内にはバラエティに富んだショップやレストラン、カフェ、映画館、ボーリング場などがあるので一日中存分に楽しめることができます。
現在も、新しいモールが次々建設中のようです。

また、モールだけではなく、セブにはマッサージショップが数多くあり、癒しのスパやマッサージが充実しています。
さらに近年、語学留学でセブを訪れる人が増加しています。
実は、セブには数多くの語学学校があり、他国に比べると料金がかなり格安なのです。
リゾート地であるセブで自身にあったカリキュラムを設定し、語学留学するなんていかがでしょうか。

フィリンピン留学~現地の街並み~

フィリピンの歴史的建造物

マゼラン・クロス(セブ島)

あの有名なポルトガルの航海士フェルディナンド・マゼランが、1521年にセブ島に訪れた際に、キリスト教の洗礼を記念として建てられた木製の十字架『マゼラン・クロス』。
この十字架は古くから万病に効くと信じられ、十字架を削って持ち帰る人が絶えませんでした。
そのため十字架を保護する必要があり、1984年に八角堂が造られ、十字架にカバーが覆われるようになりました。
また八角堂内の天井には、フィリピンで初めてキリスト教徒となったフマボン王とファナ女王らの洗礼を受けた様子が描かれています。

そんなご利益のあるマゼラン・クロスですが、現在は、ロウソクが販売されています。
訪れた人々は、赤いロウソクを買って願いごとするようになりました。
ロウソクに火を灯し、消えるまで火を見つめる人々を多く見かけます。

サン・ペドロ要塞(セブ島)

フィリピンで最も古く、かつ最も小さい要塞とされており、スペイン統治時代に造られた三角形をした小さな建造物『サン・ペドロ要塞』

現在は石造りの要塞が残っていますが、初めて建設された当時1565年は、石ではなく木で作られていたようです。
石造り要塞は、1738年に敵対するイスラム勢力からの攻撃に備えて生まれ変わったものです。
その後、アメリカ統治時代には駐屯地として使用され、第二次次世界大戦中は日本軍の捕虜収容所として使用されました。

サント・ニーニョ教会(セブ島)

1565年に建てられたフィリピン最古の教会『サント・ニーニョ教会』。
サント・ニーニョ教会は、フィリピンのカトリックの「聖地」として有名であり、フィリピン全土から多くの参拝者が訪れ、祈りをささげます。

教会の守護神サント・ニーニョ(幼きイエス・キリスト像)は、ポルトガルの航海士フェルディナンド・マゼランがファナ女王に贈ったものです。
フィリピンは幾度となく戦争を乗り越えてきていますが、この像は、戦争中でも大破することなく無事だったことから、人々はセブの守護神として崇拝されています。
セブでは一般家庭でもニーニョ像が祭られるほど身近な存在のようです。

 

道教寺院(セブ島)

中国の思想家「老子」の教義が祭られている中国寺院様式の建築物『道教寺院』。
この寺院は1972年にセブ島に住むビジネスの面で大きな成功を収めた中国系(華僑)の人々によって建設されました。
キリスト教の教会に比べて派手な色が特徴で、建物には華やかな赤と緑の色が使われています。

マニラ大聖堂(マニラ)

スペイン統治時代の1571年に創設されたフィリピンにおけるカトリックの布教に大きな役割を果たした教会『マニラ大聖堂』。
台風や地震、戦争で破壊されるたびに何度も建て直しがされました。
教会内にはアジア最大級とよばれる4,500本のパイプを持つパイプオルガンがあり、そこで演奏される大音響の美しい旋律とミサコーラスを聴けば、誰もが圧倒され感動するでしょう。
2015年1月にローマ法王がフィリピンを訪れた際に、マニラ大聖堂でミサが開催されました。

イントラムロス(マニラ)

スペイン統治時代の建物が数多く残る、壁に囲まれた城塞都市『イントラムロス』。
イントラムロスとは、スペイン語で「壁にか囲まれた街」という意味です。

サンチャゴ要塞(マニラ)

マニラで戦略上非常に重要な役割を果たした場所『サンチャゴ要塞』。
軍事拠点があった場所として有名で、一度訪れるべき場所です。
また刑務所があったため、多くの捕虜が殺害された場所としても有名です。

サン・オウガスチン教会(マニラ)

1606年に造られたフィリピンで最も古い石造建築の教会『サン・オウガスチン教会』。
バロック風邪のインテリアによって統一され、教会内は美しいシャンデリアと壁画を見ることが出来ます。

サン・オウガスチン教会

【番外編!】フィリピン留学の歴史

フィリピン留学の始まり

フィリピン留学は今から約20年前より始まったといわれています。
元々フィリピンはアメリカの支配下の時代より英語教育が盛んに行われていたので、高い英語力を身につけている人がたくさんいます。

一番近い英語圏ということで、フィリピン留学に話題が集まりました。

誰が始めたの?

英語教育に熱心な韓国が一番初めに注目しました。
きっかけは、1997年東アジアの金融危機が始まりといわれています。
この金融危機で韓国は相当な打撃を受けました。
韓国の経営者たちは、国内だけの経済に頼っていては成長できないと痛感し、海外展開を画策し進めていきます。
今でこそ主流になっているサムスンやLGなどは、各国で巨大なシェアを伸ばす企業にまで成長しています。
このように経済が国際化したため、もちろん働く労働者たちにも国際化が求められました。
最も求められるのは言語でした。
言語の中でも英語は仕事上よく利用するメジャーな言語なため、労働者たちは取得必須科目です。
英語をマスターするには、留学というのが一番効果的です。
しかし、今までのメジャーな留学圏といえば、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアでしたが、韓国から見ると、場所は遠く、値段も高いのがネックとなっていました。
そこで、韓国より近い、またリーズナブルな値段でマンツーマン授業もできるという魅力的な環境を保持したフィリピンでの留学に注目したのです。
そして、韓国人がフィリピン現地に英語学校を設立し、フィリピン留学がスタートしました。

フィリピン留学は日本でもブーム!

日本でも近年、フィリピンへの留学がブームとなっています。
理由としては、近い・安い・質が高いの3拍子が揃っているためです。
フィリピンのセブは、リゾート地としても有名で、バカンスを兼ねた英語留学といえば、とても魅力的に感じる方が多いのではないでしょうか。
英語の留学先としてまずは、フィリピンで初歩を学び、次にアメリカやカナダへ留学するスタイルも増加しているようです。
留学期間も最短2泊3日~1年とスパンが長く、気軽に行ける留学先の1つとして脚光を浴びています。

また、近年では日本人経営の語学学校が増えておりますので、日本人に合った留学を選ぶこともできます。

フィリンピン留学マンツーマンレッスンの様子

まとめ

さて、“フィリピンとセブ島の歴史”はいかがでしたでしょうか?
フィリピンへの留学前に、フィリピンの歴史を知っておくことで、現地へ行って観光する時に何倍もの楽しみをもって、観光することが出来ると思います。

また、現地のフィリピン人や先生と話すときにも役に立ちます。
歴史を学ぶのであれば、もちろん現地へ行くのが一番良いですが、まずは知識を少しでも持っていたほうが良いですよね!
英語を学びながら、休みの日にはフィリピンの歴史的建物を散策!
自然も多いフィリピンで、大変満足できる留学が出来ると思います。
ぜひ、フィリピンへ英語留学をご検討ください。